クリダマ

「クリダマ」とは「クリームチーズのダマ」の略。ブログ開設時たまたまレアチーズケーキを作っており、何も考えずに冷蔵されていたクリームチーズを使ったらダマになってしまった。レアチーズケーキを作ろうと思わなければ、おそらくダマになることなんて知らなかったろうに。そういう感じのブログ。

自分を否定してしまう人へ

自分を否定してしまう人へ

 

私もそういう傾向のある人です

色々考えたことをテキトーに書いていきます

 

まず私が自信をなくした過去を振り返ってみます

 

おそらく中学生くらいから自信が揺らぎ始めました

理由は部活動

部活が嫌なのに嫌とは言えない

行ったり行かなかったりで色々悩みました

しかし、完全に自信を失うことはなかった平均より少し勉強ができたからです

塾通いをして友達と楽しく勉強ができていたからです

しかし、高校で自分より勉強のできる人がたくさんいる環境に入って自分にガッカリしました

そして、学習教材の訪問販売の誘惑に負けて、それまでしていたはずの宿題という地道な努力を放棄していしまいました

そこから逃げて逃げて大学浪人の道を歩み、某バーチー大学に入学しました

バーチー大には自信を失ったまま、ただ入りました

下宿して一人でやっていこうという気持ちくらいはあった気がしますが

 

バーチー大では全然友達ができませんでした

小中高とずっと持ち上がりの友達がいたので「友達はつくるもの」という事実を知らなかったのと浪人時代の後半はひきこもりになっていたのでコミュ障で死相がでていたからだと思います

いつも群れて行動している学生たちがとにかく気持ち悪かったです

だから一人でひたすら勉強をしていました

 

5月くらいにはなんとなく知り合いはできました

学科の子一人ととサークルの人

しかし、あんまり生きた心地がしませんでした

大学、家、PC、たまにスーパー

今考えるとありえないくらい狭い世界で生きていました

 

バイト、留学、休学、就活、旅行、飲み会、恋愛、遊び、将来・・・

 

信じられないかもしれませんが眼中にありませんでした

というかJ○kという団体のオリエンテーションに何も知らずに参加して大学生の気持ち悪さに辟易していわゆる大学生活を拒否してしまったからです

純粋に論理の中だけで生きていたように思います

科学論の反証可能性という考えに対して異常に興奮していました

 

しばらくして大学の勉強をサボりはじめました

理由は授業が重くなってきたということもありますが、PCにのめり込みはじめたから

語学を3つもとっていたし、聴講もしていました

PCは寝不足を引き起こし、朝飯を抜くようになりました

それでも大学にはなんとか行っていました

 

7月、試験期間が近づいてきました

無計画な履修のため膨大なレポートと試験

そのプレッシャーと実力を試されることに怯えた私は「某PCゲームを研究する」というを言い訳をして大学に行かないことにしました

 

一日中PCにかじりつき、腹が減ったら食べ、眠くなったら寝る生活

そんな暮らしを8月末まで続けました

さすがに飽きてしまったので実家に帰ることにしました

体重が10キロ減ってました

顔つきが別人で、足も棒のようになってしまいました

実家では太るのが私の仕事でした

20前後の若者の生活とはかけ離れていることはよくお分かりだと思います

 

10月からは心機一転してがんばろうと決意しました

しかし、ストレスからか持病のアトピーが悪化し、すぐに実家に戻りました

アトピーの療養のため後期の大半を実家で過ごしました

ちなみに実家にいる間も家から出ないのでひきこもりとなんら変わらない生活をしていました

 

12月少し大学にもどってみました

はじめてサークルの打ち上げに参加して楽しいと思える経験をしました

このあたりからどん底にあった人生が波こそあれ少しずつ上向きになりかけました

ここからまだまだ山や谷があるのですが今回はこの辺にします...

 

私は自信どころか自分をなくしました

 

客観的にみてクズというかバカというか

今も根本的な部分は変わっていません

なので人様に言わせればクズでバカな生き方としています

でもあの生きた心地がしない時代よりは生きてる実感があります

あのときがあってこそ今がある

あのときなくして今の自分はないです

 

でもときどき本当に情けなくなる

人と違う生き方をしてきたことに不安を感じる

でもこの過去を絶対に否定しない

いや、「否定しないことになっている」ということにした

 

否定していいのは変えられることだけです

変えられないことを否定してもいいことはありません

反省して失敗の原因を探ることはあります

しかし、それを踏まえた行動とセットになって「試行錯誤」にならなければいけません

否定は感傷にしかなりません

感傷は多くの場合身体に毒です

どんどん深く沈んでいきます

お酒と一緒でたまに沈むのも悪くないんですが////

 

ただこの世の中には否定することが生きがいという人がいます

こういう人はかわいそうなことに否定しないと生きていけません

こういう人に会ってしまったら死んだフリをしましょう

印籠が出されたら一応ひれ伏すんですよ、やられたーって

死んだフリに相手が満足したら後でぺロっと舌を出しましょう

舌は必ず出してください

できれば同じ目に遭ったことのある人と「災難でしたねえ」と言い合いましょう

そんなものは一刻も早く捨てる必要があります

 

人の評価は人によって全然違います

だから良い見方をする人も悪い見方をする人もいます

ではなぜ好き好んで自分を悪く見た人を自分の心に住まわせる必要があるのでしょうか?

良い見方をしてくれる人にもっといてもらえばいいじゃないですか

 

心の中を覗いてみて下さい

良い見方をしてくれた人どれくらいいますか?

この人たちを大切に増やしていってください

悪い見方をした人には出て行ってもらってください

そして今後心には住まわせないこと

住まわせないことが難しいならば良い見方をする人を増やしてください自分に対して否定的な見方をすることが少なくなるでしょう

アンパンマンのうたにもこうある

 

もし自信をなくしてくじけそうになったら

いいことだけいいことだけ思い出せ

(『アンパンマンたいそう』より)

 

自信のない人はおそらく心における悪い見方をする人の支配率が

高いのだと思います

良い見方をする人の支配率を高めましょう